臨床研究とは、もっと慎重に行うべきものだと思います。
たかはし先生は、学会や院内では、いつも「うるさいこと」を言うと、煙たがられています。
ま~でも、今日も「うるさいこと」言わせてください。
先日、緩和医療学会の機関誌であるPalliative Care Research誌に、アセトアミノフェンに関する論文が掲載されました。
緩和ケア病棟におけるアセトアミノフェン注射剤の皮下投与に関する安全性と有効性の単施設後方視的単群前後比較研究. 西土 徹,橋本かの子,坂本 雅樹. Palliat Care Res 2026; 21(1): 7–11.
アセトアミノフェンの注射薬であるアセリオ®を皮下投与(皮下輸液)した場合の効果と、安全性について検証した論文です。結論としては、「皮下投与してもいいんじゃない。」でした。緩和ケア病棟で働く医師として、非常に示唆に富む、そして『やってくれてありがとう。うちでも応用したいね。』と言いたくなる、すばらしい研究です。しかし、いや、だからこそ、「うるさいこと」言うたかはし先生は、この研究の手法にもの申したい。
本研究の方法は、末梢ルート(静脈点滴ね)が取れなくなった末期がん患者に、適応外使用でアセリオ®を皮下投与し、投与後、1・2・4時間後に疼痛強度を評価した、というものです。ここまで読むと、いわゆる前向き試験ですよね。しかも、アセリオ®の皮下投与は適応外使用。ということは、臨床研究法に基づく特定臨床研究にあたり、特定臨床研究審査委員会による厳重な審査のうえ、実施されなければなりません。
ただ、臨床研究を行う者にとって、この特定臨床研究審査委員会による厳重な審査ってのが、かなり手間なんです。しかも、審査料がかなりお高い。研究費なんて与えられていない、民間病院の医師にとっては、とても手を出せるものではありません。しかし、この特定臨床研究審査委員会による厳重な審査を回避する手があるんです。これが、最近多くの研究で行われている「後方視的観察研究に偽装した前向き試験」です。
まず、後方視的観察研究とは、実際の臨床の場で、患者さんの治療にBest Effort(最善の努力)をつくした結果を、治療が終了してから、その診療録を見て、診療結果を集計したり、統計学的な検討を行ったりする研究です。なので、倫理審査(研究審査)の役割は、「研究のために最善の治療を行った患者の診療録を見るけどいいかい。」という申請について、適格性などを審査するというものになります。そもそも、すでに、最善の治療が行われた後なので、研究のために、新たに患者さんに「害」を及ぼすことも少ないので、多くの場合は、簡単に審査をパスします。でもね、この研究、よく見てください。アセリオ®を皮下投与し、投与後、1・2・4時間後に疼痛強度を評価したんですよ。numerical rating scale(NRS)とか、the adult Pain Assessment in Advanced Dementia scale(PAINAD)で評価してるんですよ。こんなん、明らか研究用じゃないですか。最初から、アセリオ®の適応外使用の安全性と有効性を確認する試験として、行われているとしか考えられません。これを、患者目線から言うと、安全かどうかわからない、アセリオ®の適応外使用を、前向き試験では保障されている有害事象時の補償もなく、行われてるんですよ。これを許していいと思いますか??!! たかはし先生は許せません。 緩和医療学会は、筆頭筆者の所属施設で倫理審査を通過しているという事実だけで、この論文に倫理的妥当性があると考えて、機関誌に掲載していいのか。学会には、真剣に考えてもらいたいと思います。
たかはし先生は、最近この手の研究手法が増えていることに懸念を感じています。懸念を感じるだけでなく、麻酔科学会の査読では、この手の研究手法を取る発表は、Rejectと判定してきました。学会の倫理規定では許されるかもしれないけど、たかはし先生は納得できません。臨床研究とは、もっと慎重に行うべきものだと思います。「うるさいこと」言うと嫌われるかもしれませんが、ならぬものはならぬのです(会津藩:什の掟より)。
「うるさいこと」言う たかはし
~緩和医療学会よ、ケタミン水は適応外使用という理由で、僕の論文をRejectしたことは忘れないぞ~







